五ケ所城跡

所在地:三重県度会郡南伊勢町五ヶ所浦
別名:五箇所城・愛洲城
築城年:康永年間(1342〜1345年)
築城主:愛洲氏
廃城年:天正4年(1576年)
主な城主:愛洲氏
遺構:曲輪・土塁・空堀・案内板・石碑
指定文化財:県指定史跡
訪城日:2019年4月28日(日)晴
駐車場:愛洲の館無料駐車場

概要
五ヶ所城は、康永年間(1342〜1345年)頃に愛洲氏が築城したと伝わっています。城主の愛洲氏については、諸説ありはっきりしませんが西方には一之瀬城にも居城を持っていたようである。康永元年北畠勢の田丸城が攻め落とされた。この攻防にも愛洲弾正忠宗が加わっていたことが知られます。康永2年(1343年)には五ヶ所城も仁木義長に攻められたようである。宝徳年間(1339~52年)頃には本拠を一之瀬から五ヶ所に移したようである。大永7年(1527年)愛洲弾正親忠は家督を国忠に譲って玉丸城へ移り、進駐した。その後愛洲氏は元亀年間(1570~73年)以降、天正4年(1576年)頃までに田丸城に入った織田信雄らによって攻められ愛洲治部大夫重明は自刃し愛洲氏は滅亡したという。五ヶ所城も共に廃城になったと思われます。同じ丘陵の南方150m程の所には、居館跡とされる地があります。『日本城郭大系10参照』


愛洲の館 

階段を登った先にこの看板があります。先ずは城跡へ向かいます。

空堀



主郭にある五ヶ所城と愛洲氏説明板

説明板と城跡石碑

主郭

土塁





主郭に建つ愛洲公顕彰碑と剣祖愛洲移香斎生誕之里



空堀

塔頭

案内板

居館跡

居館跡

居館跡



五ヶ所城跡へのアクセス
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2017年3月よりEOS M5で撮影しています。